闘う相手はいつも自分

ここ数年、シンプルライフを送ってきました。時々、何か複雑になってきたなと思ったらちょっと自分を見つめなおし信条を思います。

やるべきタスクを少なくしていつも日常にスペースを空けてやるよう心がけます。

より多くのことをして多くのものを手に入れることが自身の幸福に繋がらないということを知ったからです。

そして日常に余裕(スペース)があれば、単純なことに幸せに感じられるようになり、孤独や思考を研ぎ澄ます時間を味わえるようになりました。

スペースがないとユーモアに欠けます、感情のコントールが効かなくなります、今何に向かっているのか方向性を見失います。

音楽でも絵でも動画でもお笑いでも”間”が大切でそこに芸術があります。

音符を1小節にどれだけ積み込めたかが美しさじゃないです、お笑いが起こるタイミングは”緊張からの緩和”だと桂枝雀は言っていました。ビートたけしは”間”だと言っていました。

シンプルライフで気づいたことがあります。

それは常に自分との闘いであるということです。

ストレスや忙しさ、自分の感情を周囲からの影響のせいにせず環境のせいにせず、リラックスして対処したり、手放すように心がけています。

嫌な感情に浸ることなく、そこを振り払い、やるべきタスクを淡々とこなしていきます。

他人からの影響もほとんど受けなくなりました、それは素直さに欠けるという意味ではないです。

例えば、SNSで豪遊している写真や動画が絶えず流れていきます。以前は見るたびに何か自分から欠けていくような感覚がありました、それは羨ましさや嫉妬からくるものだと知りました。

今は自分が何を欲しているのか知っているので、憧れません。

新しいおもちゃは刺激です。いくらでも欲しいです。でもその刺激ばかり求めていたらどんどんエスカレートしていきます、日常生活が地味だと感じるようになり、小さいことに喜びを感じることが出来なくなります。

また、他人の発言にいちいちビクビクしなくなります、同じ土俵に立つと損します。

一歩上から、余裕がないんだなと思ってやるくらいの気持ちで僕はいます。

僕は常に闘う相手を自分だと決めています。

”明日の自分が今日の自分に感謝してくれるか”

それのみです、精神が安定し不平不満がなくなります。

全部全部自身で選択しそこに責任を持ちます。

ゴールに向かう時、山の頂上をイメージしてそこへ向かおうとすると恐ろしくなります。

山ではなく目の前の道を見て1歩ずつ歩きます、いずれ山にたどり着きます。小さな1歩を毎日歩くことです、休憩してもいいです。ただ山を見て気持ちだけいっぱいいっぱいになって立ちすくんで怯えないことです。自分と向き合ってゆっくり進むことをおすすめします。

最後にギリシャ哲学者のエピクテトス の言葉を引用する。

“私たちの心を乱すのは、

現実に起きていることではなく、

起きていることに対する考えである”

SimpleLife

Posted by ganchan