出来ないことは恥ずかしいことではない

学んだら、今度は練習するべきだと昨日の記事で書きました。

練習はアウトプットです、もし部屋でこっそり出来ることや、誰にも見られることのない練習(例えば部屋でギターを弾く、プログラムのコードを書く、英語の筆記など)ならそれは比較的簡単なことだと思います。その時間を確保して練習する。それを継続するには、自分と時間をコントロールする力を必要としますが。今日は、そのネクストレベルの話です。

他人に見てもらわないと出来ないアウトプットはどうでしょうか?

例えば、英語のトーク、ギターのよるセッション、アプリのリリースなど。

自分から何かを発信するということを、僕はなかなか出来ずにいました。

そして、更にどういったものに対して特に出来ないのか?

それは特に自分が好きで、時間を費やしたものに対して特に躊躇します。

逆じゃないかと思いますよね。

時間をかけて出来るようになればなるほどアウトプットが難しくなります。

やればやるほどその学問やその技術の深さを知り未熟だと悟るからです。

やればやるほどプライドが増すからです。全部そこが邪魔になっていきます。

そこのマインドブロックを外すのがとても大変でした、でも最近どうでもよくなりました。

未熟さを発することは恥ずかしい、出来ないことは恥ずかしいというマインドを外すといいです。

練習の積み重ねがセンスを生みます、やらないとセンスが磨かれません。

特に、アーティスト的な目線がある人、少しでも芸術的なスタイルが好きな人なら。

芸術の至高、最高傑作は不完全さの中にあります。アーティストは完璧であってはいけないです。

僕は一流のプログラマーではないから、ツイッターのような高性能のアプリを作ることも出来ないし、せいぜい作れて電卓です。ネイティブの英語も分からないです。でも、だからといって、じゃあやれないとは結び付かないです。

出来ないからむしろやる!!って感じです。

SimpleLife

Posted by ganchan