子供の頃の記憶

みなさん自分が小さい時の記憶って覚えていますか?

ついつい息子や娘を子供扱いしてしまうことがあります。

子供だからまだ分からないだろうと思っていたことを鋭く突かれることがあります。 

分かっていないようで分かっているんだなと驚かされる時があります。

思えば自分もそうでした。

未だに幼い頃に聞いた言葉や、ふとした親の表情、幼稚園での出来事、先生の態度。

様々な記憶が蘇る時があります。

それらの思い出は今となっては客観的に見ることが出来、

子供でいる自分と、子供扱いされている自分と、子供でいようと努めていた自分がいます。

最近、地元の図書館で、なぜか目に止まった「チャップリン自伝」を借りて読みました。

小説や自伝や伝記を読むのは本当に久しぶりの事でした。

チャップリンの子供時代の過ごした日々が細かく描かれており、その目が鋭いです。

貧乏時代に過ごした幼い頃の母親のふとした表情、父親がアルコールに溺れる姿、ボロボロの服を着ている自分を友達がどう思っているのか、ということを細かく描写し、その目が鋭く共感します。

どうやったら大人が笑ってくれるのか分析して子供ながらに考え、明日を食いつなぐために夜中に内職する母親の姿を見て悲しくなり、空き店舗を見るたびに、ここで何の商売をしたら儲かるだろうかと考えていたと言います。

子供が実際にこういう発言をすると、子供らしくない、可愛げがないと言います。

例えば、子供はお金の話をしなくていいとか、子供が気にすることじゃないとか、子供にはまだ早いとか言われた記憶が多々あります。

同じ境遇でないにしても、僕にも同じような良い思い出、悪い思い出が蘇ります。

大人は、子供と大人を切って分けて考えようとします。僕も大人になり、切って分ける考え方をついしてしまうことがありますが、実際には今の自分は幼い頃の延長線に過ぎず、何も変わっていないことに気づきます。

今の自分は他人と生活しながら、比較しながら、やっていいこととやっちゃいけないこととやるべきこととやらないほうがいいことを学びながら、経験しながら過ごした結果に過ぎないと思うのです。

もし今が苦しいと思ったら、何か掴もう、何か変えよう、何か手にしようと思うのではなく、過去に掴んだ要らない価値観やエゴを捨てたらいいかもしれません。

本当の自分は幼い頃の自分で変わらなけれなならないのではなく帰る必要があるのかもしれません。

SimpleLife

Posted by ganchan