完璧は存在しない

最もらしい人が最もらしいことを言うと、あたかもそれが正しいかのように周囲が納得させられることがあります。

例えば、何が起こっているのかさえ分からない発明を物理学者がすると、自分とはかけ離れた才能の持ち主で素晴らしい人物だと思ってしまいます。

また、高度な技術を用いてソフトウェアを開発し世の中を変えていくエンジニアを見ると、抜き出た才能を持ち自分の才能は足元に及ばないと思ってしまいます。

でもそれは、その道を知らないからです。

知らない分野を最もらしいことを言われると正しいことだと錯覚してしまいます。

全ては基礎的なことであり、そこから深めた知識にしか過ぎません。

また言葉の中身よりも、誰が言うかによって言葉の重みも当然変わります。

でも、その専門家でさえ、その専門分野以外は素人だと知ると楽になります。

教育者が教育を語ると最もらしく聞こえますが、科学や物理については全くの無知の場合があります。

物理学者が物理を語ると最もらしく聞こえますが、政治に関しては全くの無知の場合があります。

偉い人や、地位の高い人、その道の精通している人、年配の人の意見が必ずしも正しいとは限らないと思うことも、これから自分が自己表現していくうえで大切なことだと思っています。

何かに特化した人が全てにおいて特化していると思うと、発言を躊躇してしまいます。

また、私は馬鹿だから、専門家ではないから、無知だからという理由で専門家にその分野において全てを委ねないことです。

何も恥ずかしがることないです、ほとんどの人がそうだからです。

特に若い人は、年配の意見が最もらしく聞こえてしまいます。

僕がそうでした、心の中で先生や上司は間違っていると思っていても、意見を言えず悔しい思いをしたことがあります。

自分より年配で、さらに特化した分野を持っている人に対し意見を言うことは恐ろしいです。

でも逆に年配者は若者の驚異的な知識と、成長に恐ろしさを感じているそうです。

自己表現出来るように知識を蓄えるとか、頑張るというより、自己表現して周囲の反応を試すに近いです。

僕はここ最近でも、留学経験無しでTOEIC満点で英検1級を取得し国際会議で翻訳している人、筆1本でお金を稼いでいる人、大学生時代にパソコン教室を起業し20店舗展開して売却した人を知りました。

そしてそんな人たちはどう思っているのかというと、もっと大きいことを考えています。

自分にはまだ足りないものがあって、努力していく必要があるといいます。

本当にすごいなあと感心します、僕には現時点ないです。メンタルも相当強いです。

でもだからといって、自分はこの人たちの足元に及ばないからと意見を言わない、自己表現しないと言うのは違います。普通に意見を交わします。特化したが全てに特化しているとは限りません、自分の方がはるかに長けている部分も少なからずあるんです。

そして何かに特化した人は、自信を持っています。他がたとえ劣っていても。

そこは努力してマネすべきだと思います、何か人より深めた知識があれば自然と自分に自信がついてきます。

SimpleLife

Posted by ganchan