死んでいる人

言葉が過ぎるので聖書から引用します。

死んだ人には触れるべきではないと主はいいます。

「縁者に不幸があった場合、遺体にさわって身を汚してはならないと祭司に命じなさい。 ただし、両親、息子、娘、兄弟、同居している未婚の姉妹といった近親者の場合は例外である。」

旧約聖書なので少し難しいですが、旧約聖書は新約聖書の伏線であると考えています。

僕はこのことは、肉体を失っている人のことだけではないと思います。

第二の誕生という言葉があるように「死」にも2つ意味があると思います。

1つ目は魂の死、2つ目に肉体の死です。

魂が死んだような人にも触れてはならないと僕は思います。

それはしっかり人選すると言うことです、ちゃんと付き合うべき人を選び、死んだような人と一緒に過ごしてはならないということです。

なぜなのかといえば、浸かってしまうからです。同じ状態になっていきます。

人間は最初驚くような人や環境に出会っても付き合うにつれて、慣れてきてその周囲に溶け込んでしまいます。

例えば、飲酒運転をしない人は1度もしません。

1回する人は数回します。数回する人は度々するようになります。

そして飲酒運転の恐怖すら忘れてしまいます。そして、始めはそういう人を敬遠するかもしれませんが周囲がそれに囲まれていると当たり前になっていきます。

飲酒運転のみならず、詐欺にしても、窃盗にしても、殺人にしても、それを当たり前にしているのを常日頃見ているとそれは当たり前にあることになります。

よっぽどの凶悪犯ならもちろん避けると思いますが、ちょっとだけクセがある付き合いたくない人もいると思います。愚痴が多い人や嫌味の多い人や、挨拶が出来ないような人です。

もし、そういう人に囲まれていると自然と自分もその道に向かうことになります。

全てを拒否するべきか?僕はそうは思いません。

ちゃんと分別し、距離を保ち、自分はそこに浸らないことを誓います。

そうして自分は自分であると保ち、自分の周りを極力クリーンに保つことです。

愛や、優しさ、静けさ、ゆっくり流れる時間、そういうところになるべく身を置くべきです。